私たちが普通に生活しているかぎり、放射線によるばく露は健康診断等のX線以外はないと思われがちですが、実は微量の自然放射線によって絶えずばく露されています。今回はこの自然放射線によるばく露についてお話し致します。
1. 放射線とは
代表的な放射線として知られるアルファ線、ベータ線、ガンマ線はいずれも不安定な原子核を持つ放射性同位元素から発生し、ベータ線の実体は電子、アルファ線はヘリウム原子核、ガンマ線は電磁波の一種です。これらの放射線はどれもエネルギーが大きく、原子や分子を電離する能力を持っているので電離放射線といわれます。普通、放射線という時はこの電離放射線を指しています。 電離とは、原子の中の電子が原子の外までたたき出され自由電子となって飛び出し、原子がイオン化することを言います(右図)。
電離放射線には、アルファ線、ベータ線、ガンマ線、エックス線の他に中性子線、陽子線、陽電子線、重イオン線などがあります。下図は、放射線の透過能力を示しています。アルファ線は薄い紙1枚でも止まってしまいますが、ガンマ線はアルミの板も通り抜けます。
2. 放射線の単位-実効線量:Sv(シーベルト)
人体が放射線を被ばくした場合、放射線の種類や被ばくした臓器・器官の種類によってその生物学的影響は違います。実効線量とは、放射線防護の目的から放射線の人体に対する影響の程度を考えて定められた単位です。この単位で被ばく量を表せば、条件の異なる放射線照射の人体に対する危険度の目安となります。
3. 人間の1年間に被ばくする自然放射線の量
1988年国連科学委員会の報告では全世界で人類が平均的に被ばくしている自然放射線は次の図のように推定されています。全世界平均では年間2.4ミリシーベルトですが、日本における値は1.4ミリシーベルト(1988年10月推定値)となっています。1999年の推定値でも内訳は若干変わっていますが合計は同じで全世界平均で年間2.4ミリシーベルトです。
自然放射線の内訳(全世界平均、1988年国連科学委員会報告)
4. 自然放射線
日本における自然放射線からの1人当たりの年間線量 (大地、食物からの放射線と宇宙線を加えた量)を右の図に示しました。
(1) 大地からの放射線
関西や中国地方は放射性同位元素を多く含む花崗岩地帯が多いので大地からのガンマ線の量が多く、逆に、関東平野は火山灰地のためガンマ線の量は少なくなっています。
(2) 食物からの放射線
1950年代末期から1960年代にかけて、世界各地で大型の大気圏内原水爆実験が相次ぎ、いろいろな放射性同位元素が大気中に放出されました。これらは気流に乗って全地球上に広がり、雨などに混じって地上に降ってきて環境の放射線を増す原因となりました。現在でも、私たちが日常食べている食品にはこの放射性降下物による放射性物質が微量ですが含まれています。
主なものはセシウム-137とストロンチウム-90です。 セシウム-137は30年、ストロンチウム-90は28年と半減期が長いため、この二つは長期にわたって空から降り続け、環境を汚染しています。
(3) 宇宙からの放射線
地球には、太陽系や銀河系宇宙から常にいろいろな放射線が降り注いでいます。
高度の高いところでは放射線(宇宙線)を地上にいる時よりも多く受けることになります。
海外旅行で飛行機に乗ると高度1万メートル以上の高度を飛行しますので、地上の約150倍の宇宙線(海面: 0.03マイクロシーベルト/時、1万2千メートル:5マイクロシーベルト/時)が降り注ぐ場所を通ることになります。
例えば東京~ニューヨーク間の往復では0.19ミリシーベルト多く放射線を受けます。人間ドックで胸のX線写真を1回撮ると約0.05ミリシーベルトの放射線被ばく量ですから、X線写真約4回分に相当します。
(4) 空気中のラドンからの放射線
自然放射線の半分以上は、ラドン吸入によるばく露になります。ラドンは地殻中に存在するラジウム-226から生成します。気体なので常に大地から大気中に放出されており、その放射能濃度は屋外空気中で1立方メートル中に約5ベクレル程度です。(1ベクレルは1秒間に1回の割合で放射性崩壊がおこることを意味する単位)
最近、住居内のラドン濃度の増加が注目されています。昔の日本家屋は木造ですきま風が多かったので室内のラドン濃度はそれほど高くなかったと考えられますが、現在では鉄筋コンクリートの建物が増え、アルミサッシが普及したおかげで室内は密封状態になりやすくなっています。わが国でもコンクリートなどの建築材から放出され室内によどむラドンの濃度は通常屋外の2~3倍程度高くなっています。
ラドンはアルファ線を放出しますが、アルファ線は透過能力が弱いため空気中でもたかだか数cm しか飛びません。人間の体の中では、さらにその1000分の1、数十μm(マイクロメートル)です。しかし、ラドンを肺に吸入しアルファ線が体内で発生した場合、生体組織の方から見ると、非常に局所的に莫大な数の電離や励起が突如起こるわけですから、その生物学的影響は大きなものになります。
5. その他の放射線の例
(1) 夜光腕時計
米海軍特殊部隊などが採用している夜光時計で、文字盤や針などにトリチウムガスが封入されたマイクロガラスカプセルが10数個取り付けられたモデルがあります。トリチウムは、水素の同位体で3重水素と言われる放射性物質で、β線を放射し半減期約12.33年でヘリウム3(3He)になります。この時計ではトリチウムからのβ線を利用し、長期間発光可能な自己発光型イルミネ-ションシステムとして用いています。夜光時計については世界各国で独自の基準が存在しているため、インターネットや全国の量販店で並行輸入品が広く出回り、日本の免除レベルを上回る腕時計が国内で流通する事態が生じています。着用により想定される被ばく線量は十分少ないと考えらますが、これら違法時計は正規代理店がアフターサービスや修理を引き受けないので、メンテナンスや修理の場合の取扱いには注意が必要ですし、適正に廃棄されるかどうかも懸念されます。
(2) ラジウム温泉
最近、ラジウム温泉として有名な鳥取県・三朝温泉等の温泉地に住む人々のがんの発生率が低いという調査結果が公表されています。この調査結果は、「放射線ホルミシス効果」と呼ばれるものの1つの例です。「放射線ホルミシス効果」とは、少しの量の放射線を人間が受けると、体によい影響を与えるという効果です。
ラジウムから放出されるラドンも放射性物質であり、放射線を出しますが、ラドンを温泉に入り吸入し、身体の中に取り込むと、このラドンから出る放射線が体に対して一種の刺激剤となって良い影響を与えているという考え方があるのです。
6. おわりに
放射線については目に見えないこともあり漠然とした恐怖感をもたれる方もいらっしゃると思います。放射線についても他の化学物質と同様に正しい知識を持ちリスクを評価することが重要と考えます。ちなみに、放射線を取り扱う職業人に対する被ばく線量限度(実効線量)として、5年間の平均が1年あたり20ミリシーベルト(ただし、いかなる年も50ミリシーベルトを越えるべきではないという条件付き)です。
参考・引用:
・"暮らしの中の放射線" 高エネルギー加速器研究機構放射線科学センター(2005)
・"NLだより" ナガセランダウア http://www.nagase-landauer.co.jp
・”放射線の話” 東京電力 http://www.tepco.co.jp/nuclear/hige/hige-top-j.html