カビと細菌の毒


 今回はカビと細菌の産生する身近な自然毒について記します。カビ毒を作るカビは種子や穀物などの食料に生え、これを食べた人や動物に肝機能障害、腎機能障害、発がん、神経障害などが起きます。身近なカビ毒には、米やピーナツにできるアフラトキシン類、腐ったリンゴにできるパツリンがあります。
 細菌の産生する主な毒には、腸管出血性大腸菌O157のベロ毒素、肉類や乳製品による食中毒の主な原因となる黄色ブドウ球菌のエンテロトキシン、ボツリヌス菌によるボツリヌス毒素などがあります。一方、生肉による食中毒を起こすカンピロバクターは菌そのものが毒性を示します。 


1. カビの毒
 カビは食品に付着し、増殖する過程で様々な化学物質(代謝産物)を作り出します。この中で、微生物の増殖を抑えるものは抗生物質とよばれ、ヒトや動物の治療等に役立っています。一方で、カビの種類によっては、ヒトや動物に健康被害をもたらす有害な化学物質を作ります。カビが作るカビ毒にはヒトや動物の肝臓、腎臓、胃腸等に障害を与え食中毒等を引き起こしたり、強い発ガン性を示すものがあります。一般にカビ毒は熱に強いため、調理や製造加工の過程で加熱しても、カビ毒を分解することはできません。いったん食品中に作られたカビ毒は、非常に安定であるため、加熱等によりカビが死滅したあとも食品中に残存する場合が多く、除去することが困難です。

1) アフラトキシン類:
 アフラトキシン類は、穀類、落花生、とうもろこし等に寄生するアスペルギルス属(コウジカビ)の一部のカビが作るカビ毒です。アフラトキシン産生菌は、高温多湿の状態が増殖に適しており、亜熱帯〜熱帯の地域において、多くの農作物、特にピーナッツ、トウモロコシ、ピスタチオ、香辛料、干しイチジクなどにアフラトキシンによる汚染が見られます。また収穫後、輸送の過程でこのような地域を通過する場合にも、農作物がアフラトキシンに汚染される可能性があります。
 国際的なリスク評価機関であるFAO/WHO合同食品添加物専門家会議(JECFA)は、アフラトキシンB1を強い発がん性を有する物質としています。
 また、遺伝子を傷つけることによりがんを引き起こす物質であることから、毎日摂取し続けても健康への悪影響がないとされる量を設定することができず、摂取量を可能な限り低減すべきとされています。


2) パツリン:
 パツリンは主にリンゴの腐敗菌である青カビの一種が原因菌で、リンゴの傷んだ部分からカビが侵入し、パツリンが作られます。このカビは、湿度が高ければ、低温でもパツリンを作ることが知られており、日本の気候条件でも十分に作られる可能性があります。パツリンの汚染は主にリンゴ及びその加工品、特にリンゴジュースに見られます。これは、カビや虫食い、打撲傷等で生食用の商品とならないリンゴをジュース等の加工品の原料として転用することが多いためと考えられます。 動物試験では、短期毒性として消化管の充血、出血、潰瘍等の症状が認められ、また、長期毒性として体重増加抑制等の症状が認められています。


2. 細菌の毒
 伝染病や食中毒をおこす病原細菌の毒素は、内毒素と外毒素に大別されます。外毒素は、細菌が体内で生産しこれが細菌細胞の外に分泌されたもので、主にタンパク質または糖タンパク質の複合体で、毒性がきわめて強く、その毒素に特有な障害・作用を示します。 一方、内毒素は、主に細菌細胞の壁が毒性を示し、外毒素と比較すると毒性はあまり強くありません。

1) ベロ毒素:
 腸管出血性大腸菌O157や志賀赤痢菌が作る外毒素タンパク質です。この毒素は細胞のタンパク質合成を阻害することにより、細胞は死に至り様々な組織で障害が生じます。主に乳幼児や老人に腸管からの出血を伴う下痢などの消化管症状を起こすことだけでなく、その一部は血液に吸収されて全身に移行し、けいれんや意識障害などの中枢神経症状を起こすこともあります。

2) ブドウ球菌エンテロトキシン:
 食中毒の原因になる細菌毒素のうち、下痢を引き起こすものを総称してエンテロトキシン(腸管毒)と呼ぶ。黄色ブドウ球菌などにより作られます。タンパク毒にもかかわらず熱に強く、100℃ 30分の加熱でも毒性を失われません。ヒトが摂取すると胃や小腸上部で吸収され、それが自律神経や嘔吐神経を刺激して、悪心、吐き気、嘔吐などを起こします。また、腸管に作用して腹痛、下痢などの症状を引き起こします。現在の菌は、ペニシリン耐性であり、さらにメチシリンやバンコマイシンといった抗生物質にも耐性を獲得したMRSA, VRSAなどが出現し問題となっています。

3) ボツリヌス毒素:
 ボツリヌス菌が作る分子量約15万のタンパク質です。最強の毒素といわれており、たとえばマウスに対する最小致死量は0.0003μg/kgです。毒素自体は100℃ 1分〜2分の加熱で不活性化されるが、菌体は嫌気性であるため缶詰、密封包装した食品(ソーセージ、いずし、辛子蓮根等)などの無酸素条件下で増殖し、毒素をつくります。
 体内に取り込まれた毒素は、神経伝達物質のアセチルコリンの放出を阻害します。結果、神経伝達が遮断されて骨格筋が弛緩するので、視力障害、発声困難などの後に呼吸麻痺で死亡することもあります。


3. 最後に
 カビの毒素は一般的には熱に強く、加熱調理しても毒性がなくなりません。カビが生えた食品は食べないようにしましょう。一方、食中毒菌やウイルスが食品に付着しても,腐敗と異なり,「味」「色」「におい」が変わることはありません。具体的な食中毒対応については、2011年9月「食中毒に気を付けよう」を参考にしてください。それでも、もし,腹痛,下痢,発熱など体に異常があるときは,直ぐに医師の診察を受けましょう。

以上


参考・引用:
1) 日本トキシコロジー学会教育委員会編 新版トキシコロジー 朝倉書店 2009
2) 農林水産省HP:      http://www.maff.go.jp/j/syouan/seisaku/risk_analysis/priority/hazard_chem.html
3) 厚生労働省HP:      http://www1.mhlw.go.jp/houdou/0903/h0331-1.html