睡眠不足と生活習慣病

   徹夜の次の日は気分がハイになったり、イライラしたり、仕事の能率が上がらなかったり、ぼーっとしてしまうなど、睡眠不足が続いた後の辛さや不調は誰もが体験したことがあることと思います。日常繰り返される睡眠不足が、高血圧や糖尿病・肥満などの生活習慣病に深く関わっていることが最近注目されています。逆に、生活習慣病が原因で睡眠不足を招く作用があることもわかってきました。病気の悪化を引き起こす悪循環があることが明らかになり、睡眠の改善が治療改善の一角を成していると考えられるようになっています。
1. 睡眠と高血圧
 睡眠中は副交感神経が優位になるため心拍数が減り血圧が下がります。また、睡眠中に分泌量が増えるホルモンの働きで血管が拡張されるため、睡眠中は血管への負荷が減り傷ついた血管が修復する時間に充てられます。ところが、睡眠不足の状態が続くと、普段の睡眠も交感神経系が優位となり血管の“リフレッシュ・タイム”が取れなくなってしまいます。睡眠時間と高血圧に関する最近の疫学研究では、5時間以下の睡眠が高血圧発症に有意に関連するという結果が得られています。一方で、高血圧患者の3〜5割の人が不眠を訴えるという報告もあります。高血圧患者は睡眠中に交感神経系が優位な傾向になり充分な睡眠が得られないようです。特に夜間に血圧が下がらない「夜間高血圧」は脳梗塞のリスクが4 倍も高くなるといわれており、注意が必要です。
2. 睡眠と糖尿病
 睡眠不足になると耐糖能(血糖値を調整する能力)が低下してしまうことが明らかになりました。また血糖値を下げるインスリンというホルモンの作用を受ける細胞の感受性が悪くなり、またグルコース感受性※も低下していました。また、この変化は睡眠時間が短くても(5時間)長くても(9時間)発症リスクが高くなります。  一方、糖尿病患者の50%以上が不眠を訴えている報告もあります。頻尿による中途覚醒、神経障害がある患者では夜間でも手足が痺れたり痛んだりするため熟睡できないようです。
※グルコース感受性:血糖値の上昇自体が組織への糖の取り込みを促進し、肝臓からの糖の放出を抑制する働き。
3. 睡眠と肥満
 睡眠不足が続くと、食欲を抑制する「レプチン」という物質が減少し、食欲を増進する物質「グレリン」が増加しています。 そのため一日中空腹感と食欲増進が続き食べ過ぎてしまうため、肥満や糖尿病を招く結果になります。
4. 生活習慣病にならないために
 睡眠に問題があって生活習慣病を招いたり、治療中の生活習慣病が悪化したりすることは回避したいですね。厚生労働省が示した「睡眠障害対策12の指針」を参考に質の良い睡眠を確保することを心がけましょう。
@睡眠時間は人それぞれ。日中の眠気で困らなければ十分。
・ 睡眠時間の長い人、短い人、季節でも変化、8時間にこだわらない。
日中の眠気が非常に強い、また平日に比べ週末に3時間以上長く眠らないといられないようなら、睡眠不足。 成人の場合、6〜7時間が睡眠充足の目安です。
・ 歳をとると必要な睡眠時間は短くなる。
実際に眠っている時間は、成人以降50歳までは6.5〜7.5時間、次第に短くなり、70歳を超えると平均6時間弱です。
A刺激物を避け、寝る前に自分なりのリラックス法。
・ 就床前4時間のカフェイン摂取、就床前1時間の喫煙は避ける。
カフェインの覚醒作用は摂取後30〜40分から表れ、4〜5時間持続。タバコに含まれるニコチンは交感神経を刺激し睡眠を妨げます。ニコチン効果は吸入直後から数時間持続します。
・ 軽い読書、音楽、ぬるめの入浴、香り、筋弛緩トレーニング
リラックスすると入眠しやすくなります。自分にあった方法を見つけましょう。
B 眠たくなってから床につく、就寝時刻にはこだわりすぎない。
・ 眠ろうとする意気込みが頭をさえさせ寝つきを悪くする。
いつもの入眠時刻の2〜4時間前は1日で最も寝つきにくい時間帯。眠れない時は、いったん床を出てリラックスし、眠たくなってからもう一度床につくようにしましょう。
C同じ時刻に毎日起床。
・ 早寝早起き ではなく、早起きが早寝に通じる。 ・ 日曜に遅くまで床で過ごすと、月曜の朝がつらくなる。
起床後なるべく早く太陽の光を浴びることが、夜、速やかで快適な入眠をもたらします。長く眠って朝が遅いと、その夜の寝つきが遅くなり、翌朝の起床がつらくなりがちです。
D光の利用でよい睡眠。
・ 目が覚めたら日光を取り入れ、体内時計をスイッチオン。
起床後、太陽の光りを浴びてから約15〜16時間後に眠気が現れます。 これがないと、その夜の寝つきが約1時間遅れることがあります。
・ 夜は明るすぎない照明を。
室内が過度に明るいと体内時計のリズムが遅れ、自然な入眠が遅れます。
E規則正しい3度の食事、規則的な運動習慣。
・ 朝食は心と体の目覚め重要、夜食はごく軽く。
いつも同じ時刻に朝食に摂っていると、その1時間ほど前から消化器系の活動が活発になり、朝の目覚め良好に。夜食、特にタンパク質の多い食事は、睡眠の妨げとなるので、空腹で寝つけない時は消化の良いものを少量に。
・ 運動習慣は熟睡を促進。
運動習慣のある人は不眠になりにくい。軽く汗ばむ程度を毎日規則的に。
F昼寝をするなら、15時前の20〜30分。
・ 長い昼寝はかえってぼんやりのもと。 ・ 夕方以降の昼寝は夜の睡眠に悪影響。
昼食後〜午後3時までの間の昼寝は、夜間の睡眠に悪影響を与えずに日中の眠気を解消します。30分以上眠ると、身体も脳も寝る体制になってしまい逆効果です。
G眠りが浅いときは、むしろ積極的に遅寝・早起きに。
・ 寝床で長く過ごしすぎると熟睡感が減る。
遅寝・早起きにして就寝時間を減らすと、必要なだけ床の上で過ごすため熟睡感が増します。
H 睡眠の激しいイビキ呼吸停止や足のぴくつき・むずむず感は要注意。
・ 背景に睡眠の病気、専門治療が必要。
別の病気のために睡眠が妨げられていることも。 激しいイビキや頻回の呼吸停止(睡眠時無呼吸症候群の疑い)、足がむずむずする・ほてる・ぴくつく(むずむず脚症候群の疑い)などの症状は医師に相談を。
I十分眠っても日中の眠気が強い時は専門医へ。
・ 長時間眠っても日中の眠気で仕事・学業に支障がある場合は専門医に相談。
過眠症という病気が隠れている場合があります。
・ 車の運転に注意。
非常に眠い状態では、作業ミスが起こりやすく、交通事故のリスクは2倍になります。
J睡眠薬代わりの寝酒は不眠のもと。
・ 睡眠薬代わりの寝酒は、深い睡眠を減らし、夜中に目覚める原因になる。
寝酒は連用で慣れが生じやすく、急速に量が増え、精神的・身体的問題が起こりやすくなります。
K睡眠薬は医師の指示で正しく使えば安心。
・ 一定時刻に服用し就床。 ・ アルコールとの併用をしない。
睡眠薬は、個人の睡眠の問題やその程度に応じて種類が異なりますが、正しく服用すればいずれも安全です。服用後はおよそ30分以内に床につくこと。
参考資料
1) 厚生労働省: 睡眠障害の診断・治療のガイドライン 2) 暮しと健康 2011年5月号: 「良質な睡眠で生活習慣病を予防・改善」 田ケ谷 浩邦 著 3) Gangwisch JE et al:Short sleep duration as a risk factor for hypertension: analyses of the first National Health and Nutrition Examination Survey. Hypertension 47 (5): 833-839, 2006. 4) Yaggiら”Diabetes Care 29”、2006年より