放射線の健康への影響について

福島原発事故後、3ヶ月以上が経過しましたが、未だに放射線問題が解決していない状況が続いています。放射線ばく露は新聞やテレビでも大きく取り上げられていますが、放射線は理解しにくい印象がぬぐえず、不安感を払拭できない方も多いかと思います。また、ツィッター等を通じて、間違えた情報が流布しているとも聞いており、不安感を助長しているとも思われます。今回は、放射線が健康へ与える影響をまとめます。正しい情報を理解することにより、単純な誤解に基づく不安を解消することが今月のヘルシーライフの目的です。
1. 放射線とは
 放射線とは、原子核が壊れる際に放出される高速粒子や、高エネルギー電磁波のことを言います。代表的な放射線として知られるアルファ線、ベータ線、ガンマ線はいずれも不安定な原子核を持つ放射性同位元素から発生し、アルファ線の実態はヘリウム原子核、ベータ線は電子、ガンマ線は電磁波の一種です。これらの放射線はどれもエネルギーが大きく、原子や分子を電離する能力を持っているので電離放射線ともいわれます。普通、放射線という時はこの電離放射線を指しています。 電離放射線には、アルファ線、ベータ線、ガンマ線、エックス線の他に中性子線、陽子線、陽電子線、重イオン線などがあります。下図は、放射線の透過能力を示しています。アルファ線は薄い紙1枚でも止まってしまいますが、ガンマ線はアルミの板も通り抜けます。
 放射能とは、物質が放射線を放出する性質、あるいは、放射線を放出する能力をいいます。新聞等でも、放射線と放射能を混同して用いて、わかりにくさを助長しています。懐中電灯にたとえると、放射線は電球から放射される光で、放射能は懐中電灯に該当します。 放射線、放射能を表す単位には、現在は、ベクレル(Bq)、シーベルト(Sv)、グレイ(Gy)が主なものです。単位の多さが、放射線を更にわかりにくくしている要因の一つかもしれません。 ベクレル: ベクレルは、1秒間に1つの原子核が崩壊することを示す単位です。ベクレルが多いほど、時間当たりの崩壊する個数が多く、すなわち、放出される放射線も多くなるので、ベクレルは、放射能を示す単位ということになります。食品の管理基準では、ベクレルを用いた管理値が用いられています。放射性物質で汚染された食品を体内に取り込むと、放射線を長期にわたって放出するので、その「放射能」が重要であるからです。 グレイ: 放射線の人体への影響を表す場合、どれだけの放射線が人体に吸収されたかが重要な指標となります。1kgあたりに吸収した放射線エネルギー量を吸収線量といい、単位にグレイ(Gy)を用います。 シーベルト: 同じエネルギーの放射線によっても、人体に与える影響は、臓器によっても放射線種によっても異なります。これらを考慮して全身に対する影響を算出したのが、実効線量と呼ばれる量であり、シーベルト(Sv)を用います。β線とγ線については、グレイとシーベルトは同じになります。
2. 福島原発から放出された放射性物質
 原子力発電所では、ウラン(235U)を核分裂させてエネルギーを取り出していますが、核分裂して生成した物質のうち、気体である放射性ヨウ素(137I)および、微細粉じんとして気流で運ばれやすい放射性セシウム(134Cs, 137Cs)が原発事故において環境汚染放射性物質として、問題視されています。  放射性ヨウ素は人体に取り込まれると、甲状腺に蓄積され、そこでβ線、γ線を放出することから、甲状腺がんのリスクが高くなります。チェルノブイリ原発事故で小児の甲状腺がんが増加したことが知られています。放射性ヨウ素は約8日で、半数がβ線を放出して分解します(半減期8日)。原発事故後、かなりの時間を経過しているので、現時点では放射性ヨウ素はすでに分解が進んでおり、影響は非常に小さくなっていると考えることができます。  一方、放射性セシウムは放射性ヨウ素と異なり、半減期は約30年と長く、一旦汚染されると、長期にわたって放射線の影響が続くので、原発事故後しばらくたった現時点では、セシウムの方が問題になるといえます。ただし、甲状腺に蓄積されるヨウ素と異なり、体内に取り込まれても全身に広く分布することから、特定の臓器に対する選択的な放射線の影響が現れにくく、チェルノブイリ原発事故では、放射性セシウムによる健康障害は明確には確認されていないといわれています。また半減期は長いものの、生体にとどまる時間は長くなく、体内での放射性セシウム量が半分になるのはアメリカのCDC(Centers for Disease Control and Prevention)によると110日程度と言われています。
3. 放射線量と人体への影響
 放射線レベルと健康への影響は、なかなかイメージが湧きにくいものです。マスコミの報道は、心配をあおるような表現であることも多く、実感と事実に乖離のあることも少なくありません。ここで、放射線量と人体への影響について、すこし考えて見ましょう。
 日常生活を送る際に浴びる放射線および、そのレベルは、次のページの放射線医学総合研究所がまとめた「放射線被ばくの早見図」に示すとおりです。1988年国連科学委員会の報告によると、人類が平均的にばく露している自然界からの放射線量は、全世界平均では年間2.4ミリシーベルトと言われています。日本では、自然界からの放射線レベルが低く、平均1.5ミリシーベルト程度です。自然界からの放射線は、宇宙からの放射線、地面からの放射線、食物に元々含まれる天然の放射性物質からの放射線などがあります。高度が高くなると、宇宙からの放射線量が大きくなるため、例えば、東京−ニューヨークの往復旅行で、0.2ミリシーベルトの程度のばく露になります。  医療における検査も、放射線を浴びる機会のひとつです。集団検診における胃のX線検査で0.6ミリシーベルト、CTスキャンでは、約7ミリシーベルトの放射線を浴びることになります。 100ミリシーベルト以下では、放射線によるがんの増加は確認されていません。なお、労働者の許容ばく露量は、1年間50ミリシーベルトと決められています。一般の方の許容ばく露量は、年間1ミリシーベルトとなっています。
                           放射線医学総合研究所ホームページより
 では、新聞でも連日報道されている大気中放射線のばく露量を考えて見ましょう。 例えば、1マイクロシーベルト/時と報告されている場所において、放射線レベルが一定状態が続いた場合の一年間の放射線ばく露量を算出してみましょう。機密性の良い屋内では、放射線量は屋外の1/10程度になるといわれています。平均すると一日8時間屋外、16時間屋内にいると仮定して年間の放射線量を計算してみますと、3.5ミリシーベルトになり、CTスキャン検査の半分程度の量となります。イメージを持つことができたでしょうか?   計算式: 放射線量 = (8x1 + 16x1×(1/10))x365               = 3,504マイクロシーベルト               = 3.504 ミリシーベルト (1ミリシーベルト = 1,000マイクロシーベルト)  次に、放射性物質を浴びた食物を食べた場合の放射線量の影響についても考えて見ましょう。下表は、食物の放射線汚染規制値を示しています。これらのレベルの汚染を受けた食品を摂取し続けたとしても、健康影響がない数字として算出された数字です。
 食物の放射性物質汚染量は、1kgあたりのベクレル(Bq/kg)で示されますので、人体への影響放射線量にするには、ベクレルからシーベルトに変換する必要があります。  ベクレルとシーベルトとの関係は、放射性物質の種類、物質の形態、体内への摂取経路によって異なってきます。換算法は国際放射線防護委員会(ICRP)などで示されており、計算ツールもインターネットで多く見ることができます。ここでは、放射線医学総合研究所のデータを紹介します。この表によると、基準値の10倍である20,000Bq/kgのセシウム(137Cs)で汚染された魚介類を、大人が一度だけ100g(=0.1kg)食べたとすると、その人体への影響は、0.026ミリシーベルトとなり、影響は非常に小さいことになります。国が、基準値を超える一度食べた程度では、人体への影響はほとんどないといっている根拠はここにあります。  計算式:放射線量=実効線量係数(下表値)×放射能濃度(ベクレル/kg)×飲食した量(kg)             =0.013 × 20,000 × 0.1             =26 マイクロシーベルト             =0.026 ミリシーベルト (1ミリシーベルト = 1,000マイクロシーベルト)
             ベクレルをシーベルトに換算する実効線量係数表
4. 放射線の健康への悪影響を少なくするには
 次に、放射線による健康への悪影響を少なくする方法を考えてみます。放射線のばく露の形態には、外部の放射線による外部ばく露と、体内に取り込んでしまった放射性物質が放出する放射線による内部ばく露があります。  外部ばく露を防ぐための基本的な考え方は、放射線源から離れること、放射線源との間に遮蔽物を置くことが基本となります。具体的には、高濃度に汚染されたエリアでの滞在時間、或いは、屋外に出る時間を最小限にすることが挙げられます。ただし、先ほど計算で例を示したように、退避勧告の出ている30km圏内や、一部高濃度に汚染された地域を除き、外部ばく露の影響は極めて少ないと考えられます。ただし、高濃度に汚染された地域は、原発から離れたエリアにも存在していることがわかってきています。健康への影響は、放射線量や放射性物質の存在する状態によっても変わりますので、高濃度汚染地域では、国や自治体の通達に従っていただきたいと思います。  内部ばく露については、放射性物質が体内に入るルートを遮断することが重要になります。すなわち、放射性物質の呼吸による取り込み、もしくは放射性物質を含んだ食品の摂取になります。これらの問題が懸念される場合は、例えば汚染された野菜の出荷措置などが取られており、監視体制が取られています。報道されている食物の汚染レベルでは、国や自治体の通達に従っていれば、健康への影響は小さいと考えられます。
5. 最後に
 放射線については目に見えないこともあり漠然とした恐怖感をもたれる方もいらっしゃると思います。今回のヘルシーライフが、皆さんの放射線に対する理解とリスクについて、理解が少しでも高まり、不安が少しでも減少することを願っています。
以上 参考資料 1) 放射線安全管理学      通商産業研究社 2) 放射線医学総合研究所   「放射線被曝に関する基礎知識」 3) "暮らしの中の放射線"    高エネルギー加速器研究機構放射線科学センター(2005) 4) 食品と放射能 Q&A      消費者庁