夏休みを迎えて、野山に出かける機会が増えてくると思います。野山では昆虫や爬虫類を目にする機会も多いでしょう。ただし、これら生物には毒をもつ危険な種類もあります。今回は、毒を持っている昆虫、爬虫類から代表的なものを選び、その毒および、注意点について紹介します。夏休みの思い出が残念にならないように、参考にしていただきたいと思います。
1. ハチ
ハチは、蜜蜂のように花粉の運搬役として非常に重要な役目を果たす益虫としての側面と、ハチに襲われて刺されるという害虫の側面もあります。普通に見られる虫だけに、「蜂起」、「蜂の巣をつついたよう」「泣きっ面にハチ」などの諺にも使われています。
体の小さい虫ですが、日本では図1に示すように、毎年20〜40人の方がハチにより亡くなられています。ハチには、様々な種類がありますが、もっとも注意が必要なのが、体も大きく攻撃的なスズメバチです。アシナガバチは、身近に巣を作るので、知らずにハチの巣を刺激して刺されることもあります。
ハチ毒には、主にアミン類(ヒスタミン、セロトニン、カテコールアミン、アセチルコリンなど)、低分子ペプチド(メリチンなど)、高分子タンパク質(ホスホリパーゼ、ヒアルロニダーゼなど)が含まれ、刺された場合、腫れや激痛を伴います。その毒性は、マムシの毒と同レベルと言われています。ただ、ハチの体は小さいため、一回刺された程度の毒量では、人間は死なないはずです。
それでも、人間が死亡するのは、ハチの毒にはアレルギー反応(アナフィラキーショック)があることです。ハチに刺されると、体内にはIgEという抗体が生成されます。次回以降、刺されたときに、IgE抗体がハチの毒と結合し、ヒスタミンが大量に放出され、その結果ショック、血圧低下、呼吸困難を起こし、最悪の場合死にいたります。
予防は、ハチに刺されないことですが、特にスズメバチに刺されないようにするためには、以下に注意することが重要です。
・巣に接近すると、警戒態勢をとり、威嚇、攻撃をしてくるので近づかない。
・巣の近くでは作業をしない。
・黒いものは身につけない。出来るだけ白色系にすること。
もし刺されてしまった場合は、直ちに以下の処置をする必要があります。
・刺された場所から離れる。近くに巣がある可能性があります。
・刺された箇所から、毒を吸い出す。
・傷口を水で冷やす(毒の吸収を遅くする)
・傷口を消毒し、抗ヒスタミン軟膏かステロイド軟膏を塗る。
2. ヘビ
3,500種類以上のヘビの中で、約400種類のヘビが人間に対して毒を持っていると言われています。海外には、コブラ、ガラガラヘビのような毒ヘビもいますが、国内で見られる毒ヘビは、マムシ、ハブ、ヤマカガシが知られています。
マムシ、ハブは自ら攻撃を仕掛けてくるので、近寄らないように注意する必要があります。マムシ、ハブは、治療を受けた場合の死亡率は0.5%以下程度です。
一方、ヤマカガシは、かつて毒蛇ではないと考えられてきましたが、実は、毒牙が口の奥にあり、深く咬まれた場合に毒が注入されることがわかりました。毒はマムシ、ハブよりも強く、死亡率は約10%程度です。ヤマカガシは攻撃性が低いので、つかんだりしないように注意をしていれば、限り咬みつく事はないと思われます。。
ヘビの毒の主成分はたんぱく質ですが、ヘビの種類によって作用が異なります。国内の毒蛇の毒は、タンパク質分解酵素であり、筋肉の壊死や出血作用を起こします。出血は咬まれたところだけではなく、あらゆる内臓に出血が起き、最終的には死亡に至ります。そのため、咬まれてから死亡するまでは、数日を要します。その点、神経伝達を担うアセチルコリン受容体に作用して神経を麻痺させるコブラの即効性の神経毒とは対照的です。
現在、ヘビ咬傷に対する唯一の治療薬は抗血清です。特に、コブラの神経毒では作用が早いため、一刻も早く血清を注射する必要があります。この血清は毒に対する抗体を含み、ヘビ毒と抗原抗体反応することで、解毒します。抗体は抗原特異性を持つために、咬まれたヘビの血清でなければ効果がないことになります。咬まれたヘビの種類を確認し、医師に伝えることが重要です。
血清製造は、馬にヘビ毒を注射して抗体を回収して作っているため、たんぱく質過敏体質の人が血清治療を受けると、ハチの項で触れたのと同様に、アナフィラキーショックを起こす可能性があるので、注意が必要です
3. カエル
カエルは、身近な存在であるため、昔から人間との生活に深くかかわりを持ってきました。このカエルにも毒を持つカエルもいます。
南米のヤドクガエルにはバトラコトキシンという非常に強い毒があり、人類はその毒を弓矢の矢じりに塗って狩りに用いていました。
日本にいるカエルでは、ヒキガエル(ガマガエル)が後頭部から、ブホタリンというステロイド系の毒を出すことが知られています。「周囲に鏡を張った箱に入れた後、自らの姿を見たガマガエルがタラリタラリと脂汗を出し始め、それを集めたのが、がまの油」というのは有名な話です。実際には「がまの油」は、その薬効から考えて、植物のガマを用いたものと考えられますが、一方、ヒキガエルの毒は、心臓の拍動を強める作用があるため、心不全治療薬として使われてきました。
ブホタリンの毒性は強いために、ヒキガエルに触らないように注意をしたほうがいいと思われます。
4. 最後に
自然界には毒をもつ生物が多く存在しています。しかし人間は、その毒を薬として利用する知恵も持っています。ひょっとしたら、身近にいる生物から、画期的な新薬が見出される可能性も否定できません。野山に出たら、そんな思いにふけりながら散策してみると、周りの生物たちがより興味深く観察できるかもしれませんね。
(参考・引用)
Anthony T. Tu 著 中毒学概論 - 毒の科学 -
日本トキシコロジー学会 トキシコロジー
斉藤勝裕 著 知っておきたい有害物質の疑問100