がん検診の上手な受け方


 日本では、約30年前から「がん」は死亡原因の第一位です。働き盛りの人を突然死に追いやる危険性のある「がん」。がんによる死亡を回避するためにはがん検診を上手に受けることが有効です。

1. どのくらいの人ががんにかかるか
冒頭でも説明しましたが、日本人のがんは増え続けています。ではどれくらいの人ががんにかかり、またがんで死亡する可能性があるのでしょうか。下の表をみると男性の場合一生の間にがんにかかるリスクは2人に1人と非常に高い率になっています。
大腸がんの場合を見ても男性の場合11人に1人、女性の場合14人に1人がかかる可能性があるわけですから、30名の部署であれば一生の間に2〜3人は大腸がんにかかる可能性があるということになります。この数字を見るとがんは決して「対岸の火事」ではないのです。
2. 働き盛りを襲うがん
次にがんによる死亡の年齢をみていくと、国立がんセンターで2001年に亡くなった人の平均年齢は、男女それぞれ57歳と61歳となっています。男性の場合は平均で57歳ですから、40代、50代という働き盛りの世代にがんによる死亡が多いことが推測されます。             また下図のように40歳以上における死亡原因の割合の50%以上をがんが占めています。このような働き盛りの人たちをがんで失うことは、家族にも会社にも社会にも大きな損失です。
3. がん=死亡ではない
がんは全てが不治の病で必ず死亡するのかというとそうではありません。種類と進行度によっては治るがんもたくさんあるのです。がんはその進行度によってT〜Wの4段階に分けられるのですが、基本的に治すことができないのはW期まで進んでしまったがんであり、V期のがんも完治は難しいとされています。T期・U期のがんは治る率は高く、特にT期のがんは一般的に治るものと考えられます(ただしがんの種類にもよります)。たとえば大腸がんでは3分の2の人が助かり、3分の1の人が亡くなります。
4. 進行度と治りやすさの関係
大腸がんを例にとり、がんの進行度と治る率の関係を見てみましょう(下図参照)。たいていのがんがそうですが、特に大腸がんでは大まかに、手術後5年経過した後の生存率を治癒率(治る確率)と考えてよいとされています。
T〜Wの違いは、がんが大腸の壁の奥にだんだん浸潤していく度合いの違いです。がんが一番浅い所にとどまっているTのステージでは治癒率は90%以上です。このうち、がんが壁の非常に浅い所にとどまっている早期がんでは、ほぼ100%が治ることがわかっています。進行がんであるU、V期においても80〜65%治ります。ところが肺や肝臓に転移があるW期になると、治癒率は20〜10%となってしまうのです。
5. 治るがんは症状がない
上述の進行度から考えると、がんを治すためにはステージU以前で見つけなくてはならないのですが、重要なのはこの時期のがんは「症状がない」ということです。いずれのがんにおいてもある程度がんが進行してから症状がでるため、症状を頼りにしていてはがんで亡くなるのは防げないということになります。症状が出てからみつかるのは原則的に進行がんなので、確実に治すためにはその前に見つける必要があります。
6. がん検診は健康なあなたこそが受けるべき
つまり、がん検診は症状のない人、一見健康な人を対象とするのが原則なのです。ところが、平成16年度に実施された国民生活基礎調査において検診等を受けなかった理由として多かったのは「症状がないので」「自分は健康に自信があるので」といったものでした。しかし、ここで再度強調したいのは、がん検診は症状のない人、社会で圧倒的に多い一見健康な人が対象なのです。がん検診は健康なあなたこそが受けるべきものなのです。
7. 何を選んでどう受けるか
現在日本では、数多くの研究を網羅的に精査して 「がん検診ガイドライン」を決め、それに添って 5つの検診が推奨されています(右表)。
8. 推奨以外のがん検診をどう考えるか
●内視鏡による胃がん検診
胃の内視鏡(胃カメラ)は、がんを見つける力においてはバリウムを飲んでエックス線撮影する方法よりは恐らく優れていると思われますが、それを証明した研究はありません。
●超音波による乳がん検診
乳がんの超音波検査は、有効性が証明されているマンモグラフィーとは異なる種類の病変を見つけられる可能性があります。また、20代30代は乳腺密度が濃いため超音波の方が適しているという意見もありますが、死亡率を下げるかどうかは現段階ではわかっておらず大規模研究の結果を待っているところです。
●CTによる肺がん検診
がんの発見率が高いという理由で、住民検診に採用している市区町村もあります。しかし現在のところ有効性の証拠はなく、発見率が高いのは過剰診断が主な理由らしいと報告されています。数多く見つかる小さな影のおかげで、がんを疑われた人はCT検査を何度も受けることになり、放射線被爆の害も無視できない可能性があります。有効性を証明する研究が待たれている検診法です。
●PSA検査による前立腺がん検診
前立腺がんのPSA検査は簡易な検査のため多くの市区町村で採用されていますし、エクソンモービルでも50歳以上の男性に対して実施しています。しかしまだ検診としての確たる有効性は証明されていません。
●その他の腫瘍マーカー
すい臓がんや卵巣がんなど“早期発見が難しいがんが見つけられる”と、さまざまな腫瘍マーカー検査が勧められていることがよくあります。しかしどの腫瘍マーカーも検診としての効果は証明されていません。
がん検診について、何を選んでどう受けようかと考えている方は、まずは有効性が証明されガイドラインが推奨している5つのがん検診を受け、それ以外の検診を受けたいときには、不利益も含めた情報提供を医療者にきちんと求めることをお勧めします。
9. 精密検査までしっかり受けましょう
がん検診で「がんの疑いがあるので病院で精密検査を受けて下さい」という結果が届いたら必ず受けるようにしましょう。検診で見つかるがんはほとんどが早期がんなので症状を伴ってはいませんが、がんで死なないためには検診の結果をきちんと受け止めて引き続き正確な診断と適切な治療を受けることが必要です。 時々、「精密検査を受診したがなんでもなかった。受診して損した。」とおっしゃる方がいますが、「なんでもない」ということは精密検査を受診したからこそわかったことです。精密検査は「何か見つけるための検査」であるとともに「何でもないことを確認する検査」とも言えます。早期に対応すれば治るはずのものが、対応が遅れたまたはしなかったために命を失うことになるのです。それはあまりにリスクが高いとは思いませんか?
10. がん予防には生活習慣が大切です
がん検診は、がんを早期発見することによって適切な治療を行いがんによる死亡を減らすためのものです。しかし、最も大切なことはがんにならないことです。研究が進みがんは生活習慣で予防できることがわかっています。適切な生活習慣とがん検診受診の両輪で健やかな人生を送りましょう。


(参考・引用)
  ・斉藤博、「がん検診は誤解だらけ 何を選んでどう受ける」、医学書院、2009
  ・国立がんセンター Web Site
  ・きょうの健康、2010年4月号