「睡眠」は心身の健康の要


 「眠る」ことが毎日の生活の中で必要であることは誰もがわかっていることですが、現代社会は24時間動いていて、大人も子供も「十分眠らない」状況にあるように感じます。2007年に厚生労働省が行った「国民健康・栄養調査」では、20歳以上の5人に1人が睡眠に何らかの問題を抱えているという結果でした。睡眠の良し悪しは、高血圧などの身体の病気やうつ病などの心の病気の発症や経過に関係することもわかってきています。今回は体と心の健康にも深く関わっている「働く世代の睡眠」についてです。


1. 健康な人の睡眠とは
 睡眠には2つの種類があります(眠りのリズム参照)。1つは「ノンレム睡眠」で、脳の休養・疲労回復のための睡眠です。眠りの深さでステージ1〜4に分類します。ステージ3と4のとき、脳はゆっくり休んでいて、なかなか目覚めない深い眠りで、免疫力を高めるなど、身体機能の調節が行われます。特に眠りに落ちてから最初の3時間程度の間に分泌される成長ホルモンには、細胞を再生・修復する新陳代謝の作用があり、不足すると体内に老廃物が溜まったり、肌荒れなどが起こります。もう1つは「レム睡眠」で、体の休養・疲労回復のための睡眠です。体は休んでいるけれども脳は働いている目覚めやすい浅い眠りで、夢を見るのはレム睡眠のときです。
 「ノンレム睡眠」と「レム睡眠」による「睡眠のリズム」はほぼ90分(〜120分)で構成されていて、睡眠の1単位と呼ぶことがあります。入眠直後はノンレム睡眠で、深い眠りを経てだんだん浅い眠りになり、レム睡眠の終わり頃自然に目覚めるのが健康な人の睡眠です。成人の場合、1単位ほぼ90分の眠りを4〜5回繰り返す睡眠により、脳(心)と体を休めることができます。
2. 概日リズムと睡眠の関係
 徹夜をすると明け方には眠くて仕方がないのに、夜が明けると眠っていないのに次第に目が冴えたという経験をされたことがありますか。私たちのからだの中には体内時計があり、24〜25時間の周期で活動(体温や血圧、脈拍、ホルモンの分泌、免疫などのさまざまな身体機能)と休息(睡眠)をコントロールしています。この体内時計によって刻まれる24〜25時間の周期を「概日(がいにち)リズム(おおよそ1日のリズム)」といいます。概日リズムは、日の出とともに覚醒し、日中活動し、日の入りとともに休息するというリズムを刻みます。しかし睡眠・覚醒のタイミングはその人の意志や生活・仕事の状況で変更されるため、規則的に動いている概日リズムと実際の生活時間との間に“ずれ”が生じます。例えば海外渡航時の時差ぼけ、交代勤務のときに経験する不眠、夜更かし朝寝坊の生活などがそれにあたります。この“ずれ”により睡眠が障害されれば心身の健康にも影響します。しかし概日リズムは、太陽光に近い明るさ(これを「高照度光」といい、2500ルクス以上)の光に照射されると再設定(リセット)されることがわかっています。
例えば次のような光の利用が考えられます。
朝の光 朝早いうち(7時くらい)に高照度光を受けると概日リズムが早い方向にずれて、睡眠時間帯が早まり寝つきがよくなる。光を浴びてから14〜15時間後に眠気が現れる。
昼の光 昼食後散歩をしたり、オフィスでも窓際で光を受けると、午後の眠気の予防につながる。
夜の光 夕方以降に高照度光を受けると概日リズムが遅い方向にずれて、睡眠時間帯が遅くなり寝つきが悪くなる。夜に強い光を浴びると朝の目覚めが悪く眠気もなかなかとれない。
時 差

ボ ケ
時差ぼけ解消の基本は概日リズムを速やかに現地時間に合わせることがポイント。
@ 余裕があれば出発の1週間程前から到着地の時刻を考慮した概日リズムを整える。
 ◆ 西方向(ヨーロッパ方面)に行く場合は、就床時刻・起床時刻を普段の生活より1〜2時間ずつ遅い方向にスライドする。
 ◆ 東方向(アメリカ方面)に行く場合には、就床時刻・起床時刻を普段の生活より1〜2時間ずつ早い方向にスライドする。

A機内では到着地の時刻に合わせて睡眠をとり、リラックスするように調整する。
 ◆ 概日リズムは24〜25時間(1日よりやや長い)のため、1日の周期が長くなる西向きより、1日の周期が短くなる東向きの方が概日リズムが崩れやすい。
 ◆ 東向き飛行では、現地朝到着(日本深夜)の場合はサングラスなどで光を避け、現地13時(日本早朝)になったら光を浴びるようにすると概日リズムを合わせやすい。

B到着後は、現地の時間に合わせて活動する。
 ◆ 朝に到着し眠気が強く我慢できないときは3時間以内の睡眠をとる。
   午後は太陽光をたっぷり浴びて概日リズムを調整する。
 ◆ 昼に到着したときは寝るのは夜まで我慢。
   太陽光をたっぷり浴びて概日リズムを調整する。
交 代

勤 務
@深夜勤務明けの午前中に自宅に帰って睡眠をとりたいときは、帰宅時に強い光にあたらないよう濃いサングラスをかけて帰宅する。午前中(朝)から眠り始めると長時間の睡眠が得られ体も休まるが、午後3時を過ぎると眠りにくい時間帯となり短時間の睡眠になりやすい。
A生活を昼型に戻したいときには、朝に太陽の光を浴び概日リズムをリセット、眠りたいときは夜の睡眠に影響しないよう午後3時までに短めの睡眠をとる。
B深夜勤務中可能なら、体温が最低になり眠気が最も強くなる午前3時〜5時の時間帯に仮眠をとると、身体機能の概日リズムの崩れが少ない。
休日の

朝寝坊
@ 平日の睡眠不足を取り返すための休日の朝寝坊は、概日リズムが遅い方向にずれてしまい、夜の寝つきを悪くする。
A 休日の朝も平日と同じ時刻にいったん起床して、日光にあたり概日リズムをリセットした上で、軽い朝食後に少し眠りを足す。
B 眠り足しは午前中だけにして、午後は積極的に身体活動を心がけると、概日リズムを崩さずに睡眠不足を補うことができる。
C 休日の睡眠時間を多くしても、翌週の睡眠不足に備えた睡眠の貯金はできない。
3. 働く世代の「よい睡眠」のためのヒント
 「健康づくりのための睡眠指針-快適な睡眠のための7箇条」(平成15年3月厚生労働省)を参考にしています。 URL: http://www.mhlw.go.jp/shingi/2003/03/s0331-3.html
@ 快適な睡眠でいきいき健康生活
● 自分の睡眠のリズムを知り、自然にスッキリ目が覚める睡眠時間を確保する。
● 精神的に疲れていると感じるときは、適度な身体活動や気分転換が熟睡につながる。
A 睡眠は人それぞれ、日中元気はつらつが快適な睡眠のバロメーター
● 必要な睡眠時間は個人差が大きく、年齢、性別、季節、生活環境、職業などにより変わる。
● むしろ睡眠は時間より質が大切。その人の本来の仕事を支障なく行うことができ、特別な精神的不調(注意力や集中力の低下・いらいらして攻撃的になるなど)や身体的不調(食欲がなくなる・強い疲労感など)を感じなければOK。
B 快適な睡眠は自ら創り出す
● 就床前4時間以内のカフェイン摂取、および1時間以内の喫煙は避ける。
● 夜間トイレに2回以上起きるなら、夕方以降の水分摂取を控えめにする。
● 寝酒や量が過ぎる飲酒は、寝つきがよくなったとしても、深い眠りを減らし、夜中に目覚めるなど睡眠の質が悪くなる。
● 自分にあった寝心地のよい寝具・枕を選び、寝床環境を整える。
C 眠る前には自分なりのリラックス法、眠ろうとする意気込みが頭をさえさせる
● 軽い読書、音楽、香り、ストレッチ、ぬるめの入浴などでリラックス。
● 自然に眠たくなってから寝床に就く。就床時刻にこだわり過ぎない。
D 目が覚めたら日光を取り入れて、体内時計をスイッチオン
● 起床時刻を一定にする。早起きが早寝に通じる。
● 起床後は太陽光を十分に浴びて、体内時計(概日リズム)をリセットする。
E 午後の眠気をやり過ごす
● 夜間の眠りが不足している場合で、日中眠気を感じるときは、午後3時前の20分程度の昼寝をすることで睡眠不足を解消でき、作業効率も高まるので合理的。
● 30分以上の昼寝はかえってぼんやりのもと。夕方以降の昼寝は夜間の睡眠に悪影響。
F 睡眠障害は、専門家に相談
 夜に十分眠っても日中眠気で仕事に支障がある、眠りたいけど眠れない、夜中に目が覚めてその後なかなか眠れない、朝早く目が覚めてしまいその後眠れない、睡眠中に手足の異常な感覚や運動が起こり睡眠が妨げられるなどが、1週間に3回以上、1ヵ月以上続くときは、体や心の病気のサインのことがあるので、睡眠の専門医に相談する。
以  上

【参考文献】
◎ 睡眠障害の対応と治療ガイドライン 内山 真 編
◎ 睡眠障害の自己管理 大熊 輝雄 著
◎ 快眠推進倶楽部 URL:http://www.kaimin.info/index.html