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歴史散策会 変貌する下北沢を散策 引用
2019/11/14 (木) 22:07:46 - 武藤義信

歴史散策会の10名が11月12日、下北沢を散策しました。 雲一つない青空のもと、快適な秋の一日を楽しむことができました。 数か月振りに種田さんが顔を出され、賑やかな顔ぶれとなりました。

下北沢は現在大きく変貌しています。 このほど小田急線の地下複々線化が完了し、駅舎の改築も進んでいます。 地上線路跡の利用計画も併せて進行中で、今後の街の発展が楽しみなところです。

下北沢は若者にあふれる街ですが、それを目当てに古着屋が密集しています。「演劇の街」と呼ばれる所以となった小劇場の展開も、下北沢のもう一つの特長です。本多劇場(ほんだげきじょう)は、1フロア、客席数386席の演劇専用の民営劇場です。 本多劇場グループ代表の本多一夫氏により銭湯の跡地に、1982年11月に開場しました。 下北沢が「演劇の街」と呼ばれるのは当劇場の存在が大きく影響を与えています。 その他、ミニシアターの 「下北沢トリウッド」、老舗ライブハウスの 「下北沢ロフト」などが小劇場の発展を支えています。

その他、「カトリック世田谷教会」、「北沢タウンホール」(北沢区民会館)、「森厳寺(しんがんじ)」、「北澤八幡神社」、「代沢阿川家の門」、「東京聖三一教会(せいさんいちきょうかい)」などを訪ねました。

次回は12月10日(火)、旧東海道品川宿を散策します。(重富記)

写真展のお知らせ 引用
2019/10/12 (土) 18:31:53 - 西方忠男

私の所属する写真ワークショップグループ「チーム10」は活動10年目を迎えました。

下記の通り、写真展を開催いたしますので、ご高覧頂ければ幸いです。

期間:2019年11月6日(水)〜11月10日(日)11:00〜19:00(最終日は17:00迄)
場所:ピクトリコショップ&ギャラリー表参道

メインカット及びプレスリリースは以下の通りです。
https://www.pictorico.jp/press-release/detail/513/

地図は下記をご参照ください。
https://www.pictorico.jp/shop/

写真はDMはがきです。

歴史散策会が10月10日神楽坂を散策しました 引用
2019/10/11 (金) 21:03:25 - 武藤義信

歴史散策会は10月8日、神楽坂(かぐらざか)を散策しました。 参加者は14名とここ数か月では好成績で、やはり「神楽坂」という粋な地名に皆さんが引き付けられたのでしょうか?。

非常に沢山の場所を見学しました。 主なものをあげると・・・
赤城神社(隈研吾氏設計・監修)、パークコート神楽坂(隈研吾氏設計マンション)、「ラカグ」(新潮社の倉庫をリノベーションした商業施設;隈研吾氏設計)、新潮社本社、旺文社本社、「AYUMI GALLERY」(ハーフティンバー風の木造建築の1階にある貸キャラリー)、矢来能楽堂、小浜藩邸跡・杉田玄白生誕地(矢来公園)、園福寺、尾崎紅葉 旧居跡、芸術倶楽部跡と島村抱月終焉の地、白銀公園、地藏坂、光照寺(牛込城跡)、兵庫横丁、かくれんぼ横丁、芸者新道、本田横丁、寺内公園(行元寺跡)(じないこうえん)、見番横丁、アグネスホテル、若宮神社、ユ嶺坂、筑土神社、アンスティチュ・フランセ東京(旧東京日仏学院)等々です。

次回は11月12日(火)、多くの小劇場と古着屋で名高い若者の街、下北沢を散策します。

歴史散策会が横浜の歴史的建造物と展示を見学しました 引用
2019/9/13 (金) 01:31:56 - 武藤義信

7月8月とお休みした後の9月10日、歴史散策会の11人が横浜の歴史的建造物と展示を重富さんの案内で見学しました。
   
当日は、関東で最大級の台風(15号)の後の猛暑日で、日陰を探しながら歩き、冷房の効いた施設に入るとほっと一息つくような1日でした。 台風の影響で千葉方面の交通が乱れ、久方振りに参加予定の佐川さんが出席できなくなったのは残念でした。

午前中に @横浜みなと博物館、A日本郵船歴史博物館を巡ったところで昼食とし、午後は B横浜税関資料展示室(クイーンの塔)、C神奈川県庁本庁舎(キングの塔)、D神奈川県警察本部交通管制センターおよびE開港記念会館(ジャックの塔)を巡りました。

何処も横浜散策の定番とされるところで、説明にあたるガイドさんは、要領よく短時間に盛りだくさんの内容を話してくれるので、数か所巡ると暑さもあって老人の頭は悲鳴を挙げそうになります。 その中で、県警でガイドを務めてくれた、美人で可愛いくて躾のよさそうな婦警さんは一服の清涼剤で、みんなが(男性はか?)元気になったようでした。

重富さん、お疲れさまでした。

6月11日 歴史散策会が豊洲市場を見学しました 引用
2019/6/15 (土) 16:57:14 - 武藤義信

 歴史散策会のメンバー13名が、6月11日、移転開業間もない豊洲市場を見学しました。 ゆりかもめ線の豊洲から2つ目、市場前駅に集合です。 梅雨のさ中ではありましたが薄日の指す快適な日和となりました。 山本さんが久し振りに参加され、賑やかな散策会となりました。

豊洲市場は、東京ドーム8個分、銀座の大部分がすっぽり入る大きさだそうです。 平日にもかかわらず、多数の外国人を含めて千客万来の大賑わいでした。 市場は取り扱う物と形態によって3つの街区に分かれています。 青果棟、水産仲卸売場棟、そして水産卸売場棟です。 築地市場と違って、見学者は売買取引の現場から隔離された2階の見学者用デッキ・通路から眺めるだけなので、ちょっと物足りない感もしますが通路の掲示板による説明で見学者の理解を深めようと努めています。 部外者に邪魔されないので作業能率や衛生面の向上も大きいのではと思われます。 水産仲卸売場棟の屋上に出ると、芝生を踏みながら東京港の景観を楽しむことができます。

みなさん楽しみにしていたお昼ですが、人気の店は待ち行列ができていて入れないし、空き具合とお値段に相談していくつかのグループに分散しました。 5人ほどは “鮨分” という寿司店に入りましたが、結構美味でした。(重富記)

5月14日 歴史散策会が竜閑川跡を歩きました 引用
2019/5/18 (土) 00:09:48 - 武藤義信

かつて、竜閑川(りゅうかんがわ)と呼ばれた掘割の跡を辿って歩きました。 この川は江戸の昔、明暦の大火の後に神田と日本橋の境に築かれた火除けのための土手を、掘割にして日本橋側と通水し、既にあった浜町掘と接続して大川(隅田川)へ流れる水運を提供していました。

第二次大戦後、瓦礫処理のため昭和23年(1948年)から埋め立てが始まり、昭和25年(1950年)には埋め立てが完了し、竜閑川は完全に姿を消しました。 現在では、竜閑川跡は巾1−2mほどの路地となっており、往時の水路の面影はほとんど残っていませんが、交差点名としてその名がいくつか残っています。 大和橋交差点(靖国通り)、鞍掛橋交差点(江戸通り)、龍閑橋交差点(外堀通り)、今川橋交差点(中央通り)などはすべて竜閑川にかけられていた橋の名前です。

竜閑川は江戸の神田と日本橋の境界を流れていたので、その跡地はそのまま千代田区と中央区の境界となっており、境界をまたがる施設の管理責任や住宅表示などにそれが反映されているのも興味深いです。
 昼食は、日本橋本町のうなぎ割烹「大江戸」本店で、10人全員が一寸した贅沢をしました。
 また、反省会には4人しか残りませんでしたが、人形町の蕎麦屋で次月のプランなどを話し合いました。 (重富記)

マリンOB会 引用
2019/5/17 (金) 19:49:47 - 諸岡 邦男

マリンOBの昼食会を5月12日(日)、赤坂の「木曽路」にて開催いたしました。マリンOBの集まりは例年新緑の5月頃開催しており、早いもので20数回を数える事になりました。今年も元気な10名(内半数が80歳以上)が集まりお互いの健康を祝い、昔話に花を咲かせ楽しい時間を持つ事が出来ました。来年も元気で集まりましょう!

歴史散策会 東工大キャンパス・洗足池公園へ 引用
2019/4/5 (金) 17:40:46 - 武藤義信

歴史散策会の17名が、4月2日、東京工業大学大岡山キャンパスと洗足池公園を散策しました。 晴天には恵まれましたが4月というのに気温12〜13度で少し震えるほどでした。 東工大OBの西川さんが案内人となり、現役東工大ミスの太田さんのお孫さんがアシスタントを務めてくれました。 長くお休みされていた種田さんと根岸さんに参加いただいたのは嬉しい事でした。

当日はたまたま入学式と重なり、満開の桜にもつつまれてキャンパス内は目出度い雰囲気に包まれたようでした。 広大なキャンパスの中を走る目黒線の渡線橋からは丹沢山塊の向こうに雪をかぶった富士山が望めました。 巨大な太陽光発電パネルに覆われたビルも見学しました。 正門近くの百年記念館では、輝かしい歴史を築いた教授陣の人物や業績の展示を見学しました。

昼食は、駅周辺の店でそれぞれに摂りましたが、評判のグルメ料理を30分も待っていただいたために、食後の集合時間に遅れた組もありました。
午後は、駅から20〜30分位歩いて洗足池公園を散策しました。洗足池は北千束の清水窪湧水などを主な水源とする都内屈指の広さを有する淡水池です。春は桜で賑わい、秋には紅葉を満喫することができます。歴史を伝えるものとしては、日蓮上人の袈裟懸けの松、勝海舟夫妻の墓、西郷隆盛の留魂碑などがあります。

正規の散策会はここで終了しましたが、5月に令和皇后になられる雅子さまの実家、小和田家が近いということで、有志で追加の散策をしました。 コンクリート御殿と呼ばれる立派なお屋敷です。 警官が見張りに立っており、撮影は禁止されました。 (重富記)


大石芳野写真展「戦禍の記憶」 引用
2019/3/31 (日) 19:43:14 - 小倉忠博

私の中学時代の同級生のフォトジャーナリスト大石芳野さんの写真展の案内です。
大学卒業から70代までフリーランスで、戦争や内乱で傷つけられ苦悩しながらも逞しく生きる人々の姿をカメラとペンで迫っています。
メコンの嘆き、民族・宗派・宗教の対立、アジア・太平洋の残像の3章162枚の写真が展示されています。
恵比寿の東京都写真美術館の地下1階展示室で5月12日まで開催中です。
昨日、本人のギャラリートークがあるので行ってきました。

散策会による世田谷散歩 3月5日 引用
2019/3/8 (金) 16:15:59 - 武藤義信

2019年の最初の歴史散策です。3月5日は快晴で、又とない散策日和でした。 「世田谷散歩」 と題して、梅を鑑賞しながら世田谷の史跡・名所を巡ります。 13名が元気にスタート地点の小田急梅ヶ丘駅を出発しました。 梅ヶ丘駅前には、都内を中心に名古屋、香港にも店舗を展開している 「美登里寿司」 の本店がありますので、一寸、店の外観を覗いてみました。 名前が売れているほど大きな店ではないようでした。 先ず、ちょうど梅が満開の 「羽根木公園」 を訪れました。 昭和42年に55本の梅を植樹したのが始まりとのことですが、現在は、約60品種の梅が約650本 (白梅約420本、紅梅約230本) あり、立派な梅園となっています。
国士館大学の地域交流文化センターに立ち寄り、小休止をしてから、吉田松陰を祀る松陰神社に行きました。 かつて長州藩の別邸があった場所に、松陰が安政の大獄で刑死した4年後の1863年(文久3年)、高杉晋作などの門人によって小塚原の回向院にあった松陰の墓が当地に改葬されました。 1882年 (明治15年)、門下の人々によって墓の側に松陰を祀る神社が創建されました。 「松陰先生他烈士墓所」 と名付けられた域内墓域には、吉田松陰の墓碑をはじめとして、頼三樹三郎、小林民部、来原良蔵、福原乙之進、綿貫次郎輔、中谷正亮、その他烈士の墓碑があります。 世田谷線松陰神社前駅の駅前通りで、三々五々に分かれて昼食をとりました。
昼食後、世田谷線沿いに歩いて 「世田谷城址公園」 へ出ます。 昭和15年に開園した世田谷区内唯一の 「歴史公園」 で 「東京都指定文化財」 にもなっています。 公園内には、昔のおもかげを残す土塁や丘、谷があり、樹木に覆われた自然豊かな公園です。 世田谷城は、初代吉良氏が南北朝の頃、関東管領・足利基氏から、戦の手柄により、武蔵国世田谷領をもらいうけて築城したのが始まりであると言われています。 以後、吉良氏八代、二百数十年の間、居城として栄え、吉良御所、世田谷御所と呼ばれました。 1590年 (天正18年) 豊臣秀吉が小田原の北条氏を滅ぼしたとき、北条氏と親戚関係にあった吉良氏も運命を共にしたため、廃城となりました。
その後は、烏山川 (からすやまがわ) 緑道に沿って歩き、井伊直弼の墓で名高い 「豪徳寺」に出ます。 本寺の付近は、中世の武藏吉良氏が居館とし、天正18年 (1590年) の小田原征伐で廃城となった世田谷城の主要部だったとされています。 寛永10年 (1633年)、彦根藩主 井伊直孝が井伊氏菩提寺として伽藍を創建し整備しました。 寺号は直孝の戒名である 「久昌院殿豪徳天英居士」 に依っています。 また、招き猫発祥の地とする説もあります。 井伊直孝が猫により門内に招き入れられ、和尚の法談を聞くことができたことを大いに喜び、後に井伊家御菩薩所としたといいます。
次は、 「世田谷八幡宮」 です。 寛永5年 (1091年)、後三年の役の帰途、源義家がこの宮の坂の地で豪雨に会い、天候回復を待つため滞在することになりましたが、今度の戦勝は日頃氏神としている八幡大神の加護によるものと思い、豊前国の宇佐八幡宮の分霊をこの地に祀りました。 後に世田谷城主七代目の吉良頼康が天文15年 (1546年) 社殿を再興させて発展させました。 かつては、奉納相撲の勝敗によって来年の豊作・凶作を占ったり、今年の豊作を感謝したため、境内には土俵や力石があります。
さらに烏山川緑道を進むと小田急経堂駅に出ます。 経堂駅から更に足を延ばして、朝出発した梅ヶ丘駅に到着して、本日の散策は終了としました。 歩数は2万歩を超えている模様でした。 反省会を美登里寿司で開くつもりで本店に予約しましたが、長い待ち時間に耐え切れずに 結局、中華風居酒屋で済ませました。 身近な世田谷区でも知らない所が多いというのが反省点の一つでした。 (重富記)

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