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6月11日 歴史散策会が豊洲市場を見学しました 引用
2019/6/15 (土) 16:57:14 - 武藤義信

 歴史散策会のメンバー13名が、6月11日、移転開業間もない豊洲市場を見学しました。 ゆりかもめ線の豊洲から2つ目、市場前駅に集合です。 梅雨のさ中ではありましたが薄日の指す快適な日和となりました。 山本さんが久し振りに参加され、賑やかな散策会となりました。

豊洲市場は、東京ドーム8個分、銀座の大部分がすっぽり入る大きさだそうです。 平日にもかかわらず、多数の外国人を含めて千客万来の大賑わいでした。 市場は取り扱う物と形態によって3つの街区に分かれています。 青果棟、水産仲卸売場棟、そして水産卸売場棟です。 築地市場と違って、見学者は売買取引の現場から隔離された2階の見学者用デッキ・通路から眺めるだけなので、ちょっと物足りない感もしますが通路の掲示板による説明で見学者の理解を深めようと努めています。 部外者に邪魔されないので作業能率や衛生面の向上も大きいのではと思われます。 水産仲卸売場棟の屋上に出ると、芝生を踏みながら東京港の景観を楽しむことができます。

みなさん楽しみにしていたお昼ですが、人気の店は待ち行列ができていて入れないし、空き具合とお値段に相談していくつかのグループに分散しました。 5人ほどは “鮨分” という寿司店に入りましたが、結構美味でした。(重富記)

5月14日 歴史散策会が竜閑川跡を歩きました 引用
2019/5/18 (土) 00:09:48 - 武藤義信

かつて、竜閑川(りゅうかんがわ)と呼ばれた掘割の跡を辿って歩きました。 この川は江戸の昔、明暦の大火の後に神田と日本橋の境に築かれた火除けのための土手を、掘割にして日本橋側と通水し、既にあった浜町掘と接続して大川(隅田川)へ流れる水運を提供していました。

第二次大戦後、瓦礫処理のため昭和23年(1948年)から埋め立てが始まり、昭和25年(1950年)には埋め立てが完了し、竜閑川は完全に姿を消しました。 現在では、竜閑川跡は巾1−2mほどの路地となっており、往時の水路の面影はほとんど残っていませんが、交差点名としてその名がいくつか残っています。 大和橋交差点(靖国通り)、鞍掛橋交差点(江戸通り)、龍閑橋交差点(外堀通り)、今川橋交差点(中央通り)などはすべて竜閑川にかけられていた橋の名前です。

竜閑川は江戸の神田と日本橋の境界を流れていたので、その跡地はそのまま千代田区と中央区の境界となっており、境界をまたがる施設の管理責任や住宅表示などにそれが反映されているのも興味深いです。
 昼食は、日本橋本町のうなぎ割烹「大江戸」本店で、10人全員が一寸した贅沢をしました。
 また、反省会には4人しか残りませんでしたが、人形町の蕎麦屋で次月のプランなどを話し合いました。 (重富記)

マリンOB会 引用
2019/5/17 (金) 19:49:47 - 諸岡 邦男

マリンOBの昼食会を5月12日(日)、赤坂の「木曽路」にて開催いたしました。マリンOBの集まりは例年新緑の5月頃開催しており、早いもので20数回を数える事になりました。今年も元気な10名(内半数が80歳以上)が集まりお互いの健康を祝い、昔話に花を咲かせ楽しい時間を持つ事が出来ました。来年も元気で集まりましょう!

歴史散策会 東工大キャンパス・洗足池公園へ 引用
2019/4/5 (金) 17:40:46 - 武藤義信

歴史散策会の17名が、4月2日、東京工業大学大岡山キャンパスと洗足池公園を散策しました。 晴天には恵まれましたが4月というのに気温12〜13度で少し震えるほどでした。 東工大OBの西川さんが案内人となり、現役東工大ミスの太田さんのお孫さんがアシスタントを務めてくれました。 長くお休みされていた種田さんと根岸さんに参加いただいたのは嬉しい事でした。

当日はたまたま入学式と重なり、満開の桜にもつつまれてキャンパス内は目出度い雰囲気に包まれたようでした。 広大なキャンパスの中を走る目黒線の渡線橋からは丹沢山塊の向こうに雪をかぶった富士山が望めました。 巨大な太陽光発電パネルに覆われたビルも見学しました。 正門近くの百年記念館では、輝かしい歴史を築いた教授陣の人物や業績の展示を見学しました。

昼食は、駅周辺の店でそれぞれに摂りましたが、評判のグルメ料理を30分も待っていただいたために、食後の集合時間に遅れた組もありました。
午後は、駅から20〜30分位歩いて洗足池公園を散策しました。洗足池は北千束の清水窪湧水などを主な水源とする都内屈指の広さを有する淡水池です。春は桜で賑わい、秋には紅葉を満喫することができます。歴史を伝えるものとしては、日蓮上人の袈裟懸けの松、勝海舟夫妻の墓、西郷隆盛の留魂碑などがあります。

正規の散策会はここで終了しましたが、5月に令和皇后になられる雅子さまの実家、小和田家が近いということで、有志で追加の散策をしました。 コンクリート御殿と呼ばれる立派なお屋敷です。 警官が見張りに立っており、撮影は禁止されました。 (重富記)


大石芳野写真展「戦禍の記憶」 引用
2019/3/31 (日) 19:43:14 - 小倉忠博

私の中学時代の同級生のフォトジャーナリスト大石芳野さんの写真展の案内です。
大学卒業から70代までフリーランスで、戦争や内乱で傷つけられ苦悩しながらも逞しく生きる人々の姿をカメラとペンで迫っています。
メコンの嘆き、民族・宗派・宗教の対立、アジア・太平洋の残像の3章162枚の写真が展示されています。
恵比寿の東京都写真美術館の地下1階展示室で5月12日まで開催中です。
昨日、本人のギャラリートークがあるので行ってきました。

散策会による世田谷散歩 3月5日 引用
2019/3/8 (金) 16:15:59 - 武藤義信

2019年の最初の歴史散策です。3月5日は快晴で、又とない散策日和でした。 「世田谷散歩」 と題して、梅を鑑賞しながら世田谷の史跡・名所を巡ります。 13名が元気にスタート地点の小田急梅ヶ丘駅を出発しました。 梅ヶ丘駅前には、都内を中心に名古屋、香港にも店舗を展開している 「美登里寿司」 の本店がありますので、一寸、店の外観を覗いてみました。 名前が売れているほど大きな店ではないようでした。 先ず、ちょうど梅が満開の 「羽根木公園」 を訪れました。 昭和42年に55本の梅を植樹したのが始まりとのことですが、現在は、約60品種の梅が約650本 (白梅約420本、紅梅約230本) あり、立派な梅園となっています。
国士館大学の地域交流文化センターに立ち寄り、小休止をしてから、吉田松陰を祀る松陰神社に行きました。 かつて長州藩の別邸があった場所に、松陰が安政の大獄で刑死した4年後の1863年(文久3年)、高杉晋作などの門人によって小塚原の回向院にあった松陰の墓が当地に改葬されました。 1882年 (明治15年)、門下の人々によって墓の側に松陰を祀る神社が創建されました。 「松陰先生他烈士墓所」 と名付けられた域内墓域には、吉田松陰の墓碑をはじめとして、頼三樹三郎、小林民部、来原良蔵、福原乙之進、綿貫次郎輔、中谷正亮、その他烈士の墓碑があります。 世田谷線松陰神社前駅の駅前通りで、三々五々に分かれて昼食をとりました。
昼食後、世田谷線沿いに歩いて 「世田谷城址公園」 へ出ます。 昭和15年に開園した世田谷区内唯一の 「歴史公園」 で 「東京都指定文化財」 にもなっています。 公園内には、昔のおもかげを残す土塁や丘、谷があり、樹木に覆われた自然豊かな公園です。 世田谷城は、初代吉良氏が南北朝の頃、関東管領・足利基氏から、戦の手柄により、武蔵国世田谷領をもらいうけて築城したのが始まりであると言われています。 以後、吉良氏八代、二百数十年の間、居城として栄え、吉良御所、世田谷御所と呼ばれました。 1590年 (天正18年) 豊臣秀吉が小田原の北条氏を滅ぼしたとき、北条氏と親戚関係にあった吉良氏も運命を共にしたため、廃城となりました。
その後は、烏山川 (からすやまがわ) 緑道に沿って歩き、井伊直弼の墓で名高い 「豪徳寺」に出ます。 本寺の付近は、中世の武藏吉良氏が居館とし、天正18年 (1590年) の小田原征伐で廃城となった世田谷城の主要部だったとされています。 寛永10年 (1633年)、彦根藩主 井伊直孝が井伊氏菩提寺として伽藍を創建し整備しました。 寺号は直孝の戒名である 「久昌院殿豪徳天英居士」 に依っています。 また、招き猫発祥の地とする説もあります。 井伊直孝が猫により門内に招き入れられ、和尚の法談を聞くことができたことを大いに喜び、後に井伊家御菩薩所としたといいます。
次は、 「世田谷八幡宮」 です。 寛永5年 (1091年)、後三年の役の帰途、源義家がこの宮の坂の地で豪雨に会い、天候回復を待つため滞在することになりましたが、今度の戦勝は日頃氏神としている八幡大神の加護によるものと思い、豊前国の宇佐八幡宮の分霊をこの地に祀りました。 後に世田谷城主七代目の吉良頼康が天文15年 (1546年) 社殿を再興させて発展させました。 かつては、奉納相撲の勝敗によって来年の豊作・凶作を占ったり、今年の豊作を感謝したため、境内には土俵や力石があります。
さらに烏山川緑道を進むと小田急経堂駅に出ます。 経堂駅から更に足を延ばして、朝出発した梅ヶ丘駅に到着して、本日の散策は終了としました。 歩数は2万歩を超えている模様でした。 反省会を美登里寿司で開くつもりで本店に予約しましたが、長い待ち時間に耐え切れずに 結局、中華風居酒屋で済ませました。 身近な世田谷区でも知らない所が多いというのが反省点の一つでした。 (重富記)

歴史散策会 島津山・池田山を散策 引用
2018/11/14 (水) 17:50:51 - 武藤義信

都心には、極めて良好な住環境を保っている場所が、住居表示には表れない、古くからの呼び名で残っている邸宅街が点在しています。 城南五山、なかでも池田山と島津山と称される地域はその代表です。 今回はこれらの地域とその周辺を、駅名でいうと品川駅から五反田、目黒駅にかけての山の手を散策しました。残念ながら参加者は9名、最後まで残ったのは6名という少なさでした。

品川駅から高輪台に向かって柘榴坂を登りきったところに物流博物館があります。 小さいながらもなかなかに見応えのある展示なのでまずここを見学しました。

島津山は高輪台から五反田駅方面に向かうところにある高台で、旧島津公爵邸を取り込んで現在清泉女子大学が位置しています。 旧島津公爵邸は英国人J.コンドル氏の設計で大正4(1915)年に竣工。大正天皇、皇も行幸啓されました。 清泉女子大キャンパスは学園祭等の開放日の外は一般開放されていないので、今回は残念ながら周囲の住宅街を巡るだけです。

五反田駅付近で昼食としましたが、ついでにセキスイハウス(株)が土地取引で詐欺にあったことで話題になっている「海喜館」という旅館跡地に立寄りました。

島津山と桜田通りを挟んで五反田駅北方に対峙するのが池田山です。 池田山は備前岡山藩の池田家の下屋敷があったところ。 池田山公園やねむの木の庭(美智子皇后の実家跡)といった公園が整備されています。池田山から谷地を挟んで目黒通りに向かう途中の高台には芝増上寺子院群が集まった寺町があります。 これらの寺院には日本画の伊東深水(最近亡くなった朝丘雪路の実父)の墓、福沢諭吉の埋葬記念碑、坂東三津五郎の墓、陣幕久五郎の墓等もあって興味深々でした。

歴史散策会 田園調布の住宅街を散策 引用
2018/10/12 (金) 23:51:36 - 武藤

歴史散策会メンバー12名は、10月9日、高級住宅地として知られる田園調布およびその周辺を散策しました。 散策は、駅西側の3〜4丁目からスタートします。 扇形の街並みを主要道路沿いに歩いて、色々な住宅を見ました。 お城のような建物、アールデコ風のお屋敷、建築家が粋を凝らしたような風合いの家など、多種多様な家の展示会みたいなものでした。 現在、田園調布には15〜16人位のVIPが住んでいるといわれていますが、鳩山元首相の邸宅以外にはどの家が誰の家か特定することはできませんでした。 住宅街をひと通り巡ったら、神奈川県との都県境にある多摩川に沿って南に下り、東京都天然記念物の「秋葉のクロマツ」や、多数ある古墳跡などを見学し、隣の「多摩川駅」に出ます。 そして、「六郷用水遊歩道」に沿って更に南下し、東急多摩川線の「沼部駅」まで足を延ばします。 そこから、北上して、駅の東口に戻って散策終了としました。 当日は体育の日の翌日で、当てにしていたレストランが休業していて、遅い昼食になってしまいました。

歴史散策会が等々力渓谷、サザエさん美術館、駒沢へ 引用
2018/9/14 (金) 00:57:03 - 武藤

第128回 歴史散策会: 東急バスを乗り継いで等々力渓谷、サザエさん美術館、駒沢へ

9月11日、歴史散策会のメンバー14人は、まだまだ厳しい残暑の中で、バス乗り継ぎを主体にしたらくちん旅をしました。  実際にその日が来てみると、気温24℃という前日から5℃も低い過ごしやすい気温となりました。  数日前からの天気予報では50%の降水確率でしたが、終日雨なしの曇り空で、快適な散策日和でした。  久し振りに、アメリカ帰りの安福さんがビデオを抱えて参加され、また、小倉さんがビジターとして参加され、賑やかな散策会となりました。  東京駅から冷房の効いた快適なバスで約1時間揺られて多摩川べりの住宅街、等々力に着きました。  等々力のバス停から歩いてすぐのところに自然が一杯の等々力渓谷があります。  一時間半程、渓谷を散策し、等々力不動尊にお参りして(集合写真撮影)、等々力駅前に戻って昼食としました。  午後は、更にバスに乗って桜新町へ行きました。  「サザエさん通り」を散策した後、『サザエさん』の作者、長谷川町子が姉の毬子と共に収集した美術品を展示するために開設された長谷川美術館を訪れました。  その後、深沢八丁目から再びバスに乗って、駒沢へと向かいました。  予定では、駒澤大学 禅文化歴史博物館を見学する予定でしたが、大学の夏休みとの関連なのか、禅文化歴史博物館が臨時休業となっていて非常に残念でした。  最後は、東京オリンピックの第2会場となった広大な駒沢公園の一部を散策して、本日のプログラムを終了としました。

古希祝いの御礼 引用
2018/8/6 (月) 17:35:28 - 西村 和男

恵寿友会 西尾会長並びに役員ご一同様
昨日、恵寿友会より古希のお祝いとして誕生日カードと素晴らしい
紅白ワインを頂戴いたしました。ありがとうございました。
早期退職後14年が経過し、大病を患い、紆余曲折はあったけれど、
「生涯現役」をモットーにフルタイムで働いています。
皆様の一層のご健勝とご多幸をお祈り申し上げます。

西村 和男

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